安倍ちゃん、御意に召さず・・
安倍ちゃん、何を勘違いしてんだ!最近ますます、顔つきと態度が尊大になってきたぞ。
【産経新聞2007.04.27】========================================
「A級戦犯合祀御意に召さず」 昭和天皇 卜部侍従、日記に記述
昭和天皇に侍従として仕えた故卜部(うらべ)亮吾氏が、天皇の闘病生活など昭和後半の日常生活を書き留めた日記が見つかった。日記は卜部氏が侍従になった直後の昭和44年12月から、宮内庁を退き、78歳で亡くなる直前の平成14年2月まで毎日記され、生前、朝日新聞に託していた。
体調不良を訴えられた後の62年9月14日は、「手術にふみ切る線で沖縄もムリと判断」と記載。昭和天皇が悲願とされた沖縄訪問は中止になり、腸の手術を受けられた。
公務復帰に強い意欲を示される天皇を側近がとりなす場面も。63年2月10日には「このようなダラダラした生活ではと 現在は冬ごもり 春きたりなばどの程度おやりいただくか目下検討中につきもう少しお待ちをと」。
その年の12月17日に常陸宮ご夫妻がお訪ねになり、「殿下おもうさま(お父さま)と呼びかけ わずかに眼お開きか」。64年1月7日の逝去当日。御所内で遺体を運び「御尊骸(そんがい)を御寝室からお居間にお移しする あまりに重いのに驚く」と昭和最後の日を振り返った。
一方、後年の平成13年7月31日の記述には「靖国神社の御参拝をお取りやめになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀(ごうし)が御意に召さず」と記されている。
卜部氏は人事院から宮内庁入り。天皇代替わりの際は侍従職事務主管として実務を取り仕切り、その後は香淳皇后にも仕えた。








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